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最高裁判所第一小法廷 昭和58年(あ)194号 決定 1985年6月11日

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人加藤尭の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は本件と事案を異にし適切でなく、その余は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、現職の市議会議員によって構成される市議会内会派に所属する議員が、市議会議長選挙における投票につき同会派所属の議員を拘束する趣旨で、同会派として同選挙において投票すべき者を選出する行為は、市議会議員の職務に密接な関係のある行為というべきであるから、これを収賄罪にいわゆる職務行為にあたるとした原判断は、正当である。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、主文のとおり決定する。

この決定は、裁判官谷口正孝の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官谷口正孝の補足意見は次のとおりである。

一 私も、原判示の市議会議長候補者を選出する行為が、市議会議長を選出するという市議会議員の職務に密接な関連を有するものとして、賄賂罪における「公務員の職務に関し」にあたる、とする法廷意見に賛成する。論旨は、右は市議会議長選挙の準備行為にすぎず、市議会議員の職務に関するものではないと主張しているので、この点について一言説明を加えておく。

二 原判決の認定判示するところによれば、被告人らの所属する政和会は、大館市市議会議員のうち自由民主党の党籍を有する保守系市議会議員をもって構成される同市議会内の届出を了した会派であるというのであるから、その会派内において市議会議長候補者を選出する行為は、政党活動の自由の枠内にあり、この段階の行為は市議会議長選出のため会派として当然なすべき準備行為にすぎず、その段階の行為をとらえて、「職務に関する」ものとして賄賂罪に問うことは、政党活動の自由を制約するものであって許されないのではないか、との議論もあろう。論旨も又そのような論理を踏えて準備行為の主張をしているものと思われる。

なるほど、地方議会議長選挙に際し、これに備えて事前に議会内会派において議長候補者を選衡・選出することは今日広く行われているところであり、そのような行為はもとより政党活動の自由に属するものであり、議会政治の運営上それなりの機能を果しているわけである。ところで、右会派内における選衡・選出によって議長選挙における候補者が決定すれば、同一会派に属する議員の当然の義務として議会における議長選挙にあたっては自派推せんの候補者に投票することとなり、その会派が議員中多数を占める場合には必然的にその会派の推せんする候補者が議長に当選するということになる。従って、このような仕組みのなかでは、議会における議長選出行為は形骸化し、議会内において多数派を占める会派内における議長候補者の選衡・選出行為こそが議長選出行為の要となるものである。その会派所属の議員としては、会派の決定に統制拘束されるのが一般であるから、会派の決定は会派所属議員各自が行うべき議長選挙の際の議長選出行為に制限拘束を加える性質のものである。そうしてみると、会派内における議長候補者の選衡・選出行為は、議会における議長選出行為と不可分一体のものであり、議員の行う議長選出行為という本来の職務行為と、「密接な関連を有する行為」といわざるを得ない。

そして、原判決の肯認した第一審判決認定事実によると、大館市における市議会議長選挙については、右に述べたところがそのままあてはまるのである。すなわち、被告人らの所属する大館市議会議員内の多数派を占める政和会において、同市議会議長選出のため予め同会派内において議長候補者を選衡・選出し一人に絞り、議会における議長選挙においては、予め同会派内において選出しておいた議長候補者に投票することが同会派の統制上義務づけられていたというのである。してみれば、同会派内における議長候補者の選衡・選出行為は、まさに同市議会議員の市議会における本来の職務行為としての議長選挙行為と「密接な関連を有する行為」にあたるものである。

三 然らば、このような会派内における議長候補者の選衡・選出行為を賄賂罪の対象としてとらえることが政党活動の自由を阻害するものといえるであろうか。私は、そうは考えない。確かに会派内において議長候補者を選衡・選出する行為は、その候補者に選出された者が議長選挙において議長に当選する仕組みとなっている場合であっても、右会派内における議長候補者の選衡・選出行為それじたいは政党活動の自由の枠内の行為であろう。そして又、その会派内における所属議員の自せん、他せん行為もそのように考えてよいであろう。

然し、そのことと、その会派における議長候補者の選衡・選出行為が市議会議員としての議会における議長選挙行為と密接に関連する行為と評価される場合、その会派内における議長候補者の選出行為に際し、その選衡・選出にあたる所属議員の意思(本件の場合は無記名投票によりその意思表示がされた)を右選衡・選出行為の対価として金銭をもって賄う行為とは、自ら規制の面を異にすることである。後者の行為を刑法所定の賄賂罪の規定により規制することが、前者の政党活動の自由を規制するものといえないことは自明のことであろう。後者の行為は、行為じたいとして、市議会において市議会議員が職務として行う議長選挙行為を金銭をもって売買の対象とするに等価値のものであって、賄賂罪における保護法益である公務の不可買収性を侵害するものであることは明らかである。もっとも、後者の行為が前者の政治活動の自由と互いに関渉する面をもつことはいうまでもないことであるから、授受された金銭と職務行為の対価性の認定については、請託の有無、その内容、金銭の授受された当時の情況等を仔細に認定する等厳しい態度の要求されることは当然である。本件においては、記録上、職務行為の対価性が優に肯認される場合であるから、原判決のこの点の判断は相当である。

(裁判長裁判官 和田誠一 裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 裁判官 矢口洪一 裁判官 高島益郎)

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